ミクロネシア連邦 -ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ-

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ミクロネシア連邦について

地理

地 理

ミクロネシア連邦(FSM)は、太平洋の赤道の北半球側に沿って点在する607の小さな島々と環礁からなる島嶼国です。一般的に、東・西カロリン諸島という名称でも知られています。国土の面積は、約700 ㎢ですが(日本の奄美大島と同規模)、太平洋上の780万 ㎢以上の海域にちらばっており、西の端(ヤップ)から東の端(コスラエ)まで、その距離2,550キロメートルにも及びます。4州はそれぞれ、1つないし2つ以上の海抜が高い山を中心に構成されており、コスラエ以外の3州には、数多くの環礁があります。

ヤップ州は、4つの大きな島と7つの離島、および134の環礁で構成され、総陸地面積は、120平方キロです。チューク州は、陸地面積が88平方キロあり、7つの大きな島からなる群島です。ポンペイ州は、ミクロネシア連邦最大のポンペイ島があるため、土地面積は335平方キロもあります。コスラエは、1つの島だけで構成され、面積は110平方キロです。

ミクロネシア連邦の島々は、数百万年前の火山活動の結果できた島々と無数の環礁から成っています。 そのうち何島かは、山頂が水面に押し出された形になっており、周囲が、浅いリーフで囲まれています。この他に環礁があります。環礁とは、リング状に小さな島やコーラルバリアを残して海面下に沈んだ地形のことで、 弓状の小さな島々が、サンゴと砂でできたラグーン(内海)をぐるっと囲んでいます。さらに、ラグーンの内側に、環礁と海抜の高い島が混在している珍しいケースもあります。

気候

気 候

ミクロネシア連邦は、海洋性熱帯気候に属し、1年を通じて温暖です。
年間平均気温は27℃で、年間を通じほぼ一定です。年間平均湿度は80%と多湿です。
乾季は1月~3月、雨季は4月~12月です。
乾季には貿易風の影響で風が強い日が多くなります。
ポンペイは、世界で2番目に雨量の多い地域と言われており、年間降水量が約10,000ミリもあります。

土地

土 地

地質学的にもミクロネシアの土地の形態は多様です。 2,000フィートの山、深い谷、丘、草地、鬱蒼と生い茂るマングローブ林、環礁に守られたラグーン、原始の頃から変わらないビーチなど、様々な自然があります。

ミクロネシア連邦の人々は、自然環境を維持していくために、様々な村の形態を発展させてきました。 どの島も、まず地方行政区に分けられ、さらに村(地方行政区の中の1セクション)、そして農場(村における最も小さな土地所有単位)に分けられています。 そして、人々の土地利用は、譲渡された土地に各世帯が住む形態から、ポリネシア系民族のように一族が集住し、村を形成する形態(過密状態になるまでは集まらない)まで様々な形態があります。

土地は、その絶対数の少なさと、伝統的重要性から、今も特別な重みをもっています。そのため、土地の多くは、ファミリーや氏族の私有地とされています。 しかし、そこの人々の生活を見たいという場合、許可を得れば入ることができます。

言語

言 語

公用語は英語です。英語はかなり普及しています。また、お年寄りの中には、戦前の植民地時代の影響で、日本語が流暢な方がいます。 ミクロネシアで使われている言語(英語、主な現地語)の主なフレーズをいくつかご紹介します。

英語 / 日本語ヤップ語チューク語ポンペイ語コスラエ語
Hello
こんにちは
MogethinRan allimKaselehliaLen wo
Goodbye
さようなら
KefelKone nomwKaselehliaKut fwa osun
Thank you
ありがとう
KammagerKinisouKalangen en Komwi/MenlauNga kuna
Friend
ともだち
FagerPwipwi KompoakepaiKawuk
I like
好きです
Gub adugUa saniIh mwahuki Nga lungse
I don't like
好きではありません
DabugUse saniIh sohte perenikiNga srunga
How much?
いくらですか?
Im pulwon?Fite niwinin?Iah wen pweine?Mea ke?
Good
良い
Man gilMei murinoMw ahuWo
Please
お願いします
WeniigKose mochenmunas MenlauNunak
Excuse me
すみません
SirowOmusalo tipisMahkongie / Kupwur MahkSisla koluk
人々・社会

人々・社会

ミクロネシア連邦の人々は、人種的にはミクロネシア系として分類されます。ただし、ポンペイ州に住む人の中にはポリネシア系の人々も混じっています。ミクロネシア連邦は、近年の歴史的状況と人々の共通の願いによって統一された国家ですが、今も異なる習慣や伝統が各地域に深く根ざしており、一つの国とはいっても、混ざり合った異種混合体というのが実態です。 この文化的多様性は、英語が公用語として用いられているにもかかわらず、依然8つの主な固有の言語が存在することによっても象徴的に表されています。しかしその一方で、どの島でも見られるような家族社会・クラン(氏族)の重要性などの文化の類似性もあります。

各州で見られる独自の文化的特性は、特に旅行あるいは投資を考えている人には重要となってきます。 例えばコスラエ州では、教会が人々の生活に強い影響力を持つのに対し、チュークでは、いまでも氏族関係が重要な要素を持っています。 ミクロネシア連邦で最も伝統的社会制度をもつのはヤップで、今も厳しい身分制度が残っています。

ポンペイ州は過去数十年の間で最も急速に西洋化し発展しました。 これは、連邦政府が置かれたことによる部分も大きいでしょう。しかし、今でも伝統的な制度が日々の暮らしに重要な意味を持っています。

文化

文 化

ミクロネシア4州の人々は文化的にも言語的にもミクロネシア系に分類されますが、ポンペイ州のヌクロ、カピンガラマンギには、 少数のポリネシア人が住んでいます。
4州の各々には固有の文化および伝統がありますが、同時に、何世紀にもわたって続いてきた共通の文化的・経済的連携観念も存在します。 例えば、伝統的な大家族制やクラン(氏族)の重要性などの文化的な類似性は、どの島でも見られます。

ミクロネシア連邦は、ヤップをはじめとする4州が国として統一された連邦国家ですが、異なる習慣・伝統が近代史の流れによって一緒になっただけの異種混合体であるというのが実態です。文化的多様性が、8つの主な固有の言語の存在によって象徴されるように、個々の民族は、今も各自の伝統、言い伝えを大切に守り続けています。
ミクロネシア4州は海で大きく隔てられています。西洋諸国との交流が始まる以前の、こうした孤立した環境によって、先にあげた文化、慣習、言葉の独自性が強まっていったのでしょう。 そのため、英語は公用語ですが、国内では、ヤップ語をはじめ、ユリシー、ウォレア、チューク、ポンペイ、コスラエ、ヌクロ、カピラマランギといったマラヨ・ポリネシア語族に属する8つの主な固有の言語が使われています。

また、ミクロネシアには、たくさんの口頭伝承(歌などで昔話等を伝えること)があり、その一部は貴重な音楽遺産でもあります。 伝統音楽は世代を経て受け継がれています。ラジオを各島のローカル局へ合わせると、ミクロネシアポップの独特なサウンドが聞こえてくるでしょうが、こうしたサウンドもまた、各世代へ受け継がれてきたものなのです。 ミクロネシアポップは、色濃く伝統音楽の影響を受けついでいながらも、同時にアメリカンカントリーミュージック、ウェスタン、レゲエ、さらにはユーロポップなど様々な世界の音楽の影響も受けています。

基本的な生活基盤は、果物類(主に、パンの木の実、バナナ、ココナッツ、柑橘類)および根菜類(主にタロイモ、ヤムイモ)などの栽培と漁業です。 小規模農業および古来の様々な漁法が、今日も続けられています。

共有の概念、奉仕、および部族の長への貢献は、ミクロネシアの島社会の文化と、基本的な経済活動の根本をなすものです。基本となる経済単位はファミリー(家族)ですが、そのファミリー(家族)には世帯以外の者も含まれます。ミクロネシアの島々に多く見られる、より大きな単一社会集団は、ポンペイのナンマルキやヤップのピルングなどの氏族で、こうした制度は、今日も、ミクロネシアの人々の生活に重要な意味をもっています。

宗教

宗 教

宗教は、キリスト教が多数を占めており、カトリックとプロテスタントに分かれています。島のいたる所にさまざまなキリスト宗派の教会があります。

50%・・・ローマカトリック
47%・・・プロテスタント
3% ・・・下記に分類されます:
      モルモン、バプティスト、アセンブリー・オブ・ゴッド、アドベンティスト、
      アポストリックペンテコステ、エホバの証人、ビクトリーチャペル

歴史

歴 史

【先史時代】
ミクロネシアには、数千年にも遡ることのできる長い歴史があります。一帯の島々は、最初、アジアから東へ、ポリネシアから北へそれぞれ海を渡って来た人々によって開拓されたと言われています。そのずっと後に、スペイン人やドイツ人、日本人などの探検家や開拓者がやって来ました。その痕跡は、今も島のいたる所に残っています。そして、第2次世界大戦後は、国連・アメリカの信託統治下に置かれていましたが、現在は独立しています。

言語学的、考古学的見解によると、ミクロネシアの島々には、2~3千年前から既に定住者がいたと考えられています。最初の開拓者は、進んだ農業(栽培)技術と高度な航海知識を持つアウストロネシア語圏の民族であったとされています。こうした人々は、東南アジアからヤップへ渡って来たと考えられ、さらに南方のパプアニューギニア、ソロモン諸島およびニューカレドニアへ移動する者や、これとは少し遅れて、キリバス、マーシャル諸島へ渡った者もいたようです。
ミクロネシアの人々の口承から、現在ミクロネシア連邦に属している島社会の間には、親密な交流があったことが分かっています。たとえば、コスラエ(1,400年頃)のレロ遺跡とポンペイ(1,000年頃)のナン・マトール遺跡の類似点等からも、こうした昔の人々の交流がうかがえます。

【ヨーロッパとの出会い(スペイン、ドイツによる統治)】
1525年、香料諸島(インドネシア)を目指して航海していたポルトガル人がヤップ島とユリシー島(ヤップ州)に上陸しました。その後、スペインの遠征隊が、ヨーロッパ人として初めて、残りのカロリン諸島の島々と交流を持ちました。スペインは、ヤップに植民地政府をおき、1899年までカロリン諸島上の領有を主張しました。しかし1899年、スペインは撤退し、当時アメリカの支配域であったグアムを除いた地域での権益を、ドイツに売り渡しました。
ドイツ政府により、コプラ生産・貿易の発展が促されました。しかし、1914年、日本海軍がマーシャル、カロラインおよびマリアナ諸島北部を軍事下に治め、ドイツの統治は終わりました。

【日本の統治】
1920年、国際連盟の委任による日本の統治が始まりました。先住民の人口は、当時約40,000人ほどしかなかったのに対し、日本人の人口は、この時代の広範囲にわたる植民政策により、ミクロネシア全体で10万人を超えました。この時代、サトウキビ、採鉱、漁業、熱帯農業が主要産業となりました。
しかし、第二次世界大戦の終戦により、日本統治下でもたらされた繁栄が急に終わりを告げました。ほとんどの産業基盤は爆撃によって廃墟と化し、島も人々も貧困に突き落とされてしまったのです。

【信託統治領から独立へ】
1947年、国連はミクロネシアの6つの地域(ポンペイ(旧称ポナペ)、コスラエ(旧称クサイエ島。当時は、ポンペイの一部とされていた。)、チューク(旧称トラック)、ヤップ、パラオ、マーシャル諸島、マリアナ諸島北部)を信託統治領としました。そしてアメリカは、国連安全保障理事会の決定により、「安全保障受託国」受任国として、国連の定めるガイドラインの下で信託統治を始め、住民の経済発展および自給自足を支援していくこととなりました。

信託統治領の高等弁務官は、アメリカ大統領によって任命され、更にこの弁務官により、先にあげた各地区の管理者が任命されました。1951年に内務省によって主権が承認されるまで、この信託統治体制は、アメリカ海軍行政部の統治下に残りました。

1978年7月12日に、信託統治領下のトラック(現在のチューク)、ヤップ、ポナペ(現在のポンペイ)およびクサイエ島(現在のコスラエ)の4島の住民投票により、ミクロネシア連邦(FSM)憲法の下で連邦制をとることが決定しました。国連はこれを認め、ここに、国際連盟・国連による長年にわたる管理下のもと失われていた主権を再び取り戻すことができたのです。

1979年5月10日のミクロネシア連邦が施行され、旧地区は連邦を構成する州となり、独自の州憲法を採択しました。そして、連邦および各州の議員を選ぶための統一選挙も行われ、全ミクロネシア議会の議長であったトシオ中山が初代大統領に就任し、内閣を組閣しました。ミクロネシア連邦議会が召集され、議長にはベスウェル・ヘンリーが選ばれ、新国家のための法律が制定されました。司法制度は、連邦法・州法に準じて整えられました。これを受けてアメリカは、移行期間(1979年~1986年)に入り、政府機能をゆるやかに移行しはじめました。

ミクロネシア憲法施行を受け、アメリカは、ミクロネシア連邦とその各州政府を承認しました。以降、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国、パラオ共和国は、アメリカとの自由連合関係に移行し、自由連合は1982年10月1日に調印、1983年の国民投票による承認後、さらにアメリカ議会の承認を経て、1986年11月3日に施行されました。そしてついに、1991年9月17日、ミクロネシア連邦は国連に加盟し、国際社会の一員となったのです。

政府

政 府

ミクロネシア連邦憲法は、アメリカ同様、連邦政府(各州政府の上に置かれる国全体の政府)レベルにおいて、司法・行政・立法の三権分立制をとっており、また、アメリカの権利章典と同じく、国際規準に批准する基本的人権などの権利も宣言しています。ここには、伝統的な権利を保護する条項も含まれています。しかしながら、アメリカの制度と異なり、外交問題と防衛(国防)問題以外の主な政府機能は、各州政府によって行われています。

ミクロネシア連邦議会は、任期4年の議員 (各州で選出される)と、任期2年の10人(議席は、人口比率によって配分される)の14人の議員からなる一院制です。大統領および副大統領は、議会によって任期4年の連邦議会議員の中から選出され、任期は4年です。また、空席は特別選挙で補選されます。

司法機関は、連邦最高裁判所を頂点とし、三審制を採用しています。そしてこれが唯一の国家法廷です。判事は、終身制とし、大統領によって指名され、議会によって承認されます。憲法のもと、州政府も同様に構成され、三権分立を採用しています。 しかし、州によって事情が異なるため、その構成は若干変わります。